大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 昭和25年(ヨ)24号 決定

申請人 渡辺譲 外七一名

被申請人 群馬県

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一、申請人らは「被申請人が昭和三五年三月二九日申請人らに対してなした解雇の意思表示の効力を仮に停止する。申請費用は被申請人の負担とする。」又は「申請人らが被申請人に対し宿直警備員として雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。申請費用は被申請人の負担とする。」との決定を求め、その理由として別紙「申請の理由」記載のとおり主張した。

二、よつて按ずるに、申請人らが被申請人にいわゆる宿直警備員として期限の定めなく雇傭され、いずれも群馬県市町村立学校施設の保存警備をその職務内容とする勤務に従事しているものであることは申請人ら自ら主張するところである。よつて、その身分関係について考えて見ると、申請人らについては、いわゆる「単純な労務に雇傭される者」として地方公務員法第五七条、地方公営企業労働関係法附則第四項の各規定により地方公営企業労働関係法の規定が準用されるけれども右はその職務と責任の特殊性にもとづき労働関係その他、身分取扱につき特例を定めたまでのことであつて、この一事により申請人らが有する地方公務員たる地位が否定されたものということはできない。しかして、地方公務員法第三条の規定によれば、申請人らはいずれも一般職の地方公務員であるというべきであるから、申請人らを解雇する被申請人の行為は行政事件訴訟特例法にいわゆる行政庁の処分にあたるものといわなければならない。そうすると民事訴訟法の規定にもとづき申請の趣旨記載のとおりの仮処分を求める本件申請は行政事件訴訟特例法第一〇条第七項の規定により許されないものであることは明らかであるから、本件申請は不適法としてこれを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 水野正男 荒木秀一 原島克己)

(別紙)

申請の理由

一 群馬県教育委員会(以下県教委という。)は地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基いて設置され、群馬県における学校教育行政を掌る行政庁であり、申請人らに対する人事管理を行つて来たものである。申請人は群馬県市町村立学校に勤務する宿直警備員二百四十六名をもつて結成された群馬県小中学校宿直員組合員である。

二 申請人らは別紙勤務一覧表記載の日に期限の定めなく、被申請人に学校警備員として雇傭されたものである。

三 被申請人の雇傭する職員には、地方公務員法の適用を受ける教職員と、地方公営企業労働関係法の適用を受ける申請人らの如く、学校警備員がある。即ち申請人らは、昭和二四年四月頃より被申請人により講師又は事務員の名において採用され学校施設の保全、警備等を職務とする職員であつてその身分は、地方公務員法第五十七条により単純な労務に雇用される者とされ同法の適用から除外され、その勤務関係は地方公営企業労働関係法により同法の規定するほか労働組合法ならびに労働関係調整法等の適用をうけるものである。

四 申請人らは、昭和三十五年三月二十九日付をもつて被申請人から同年三月三十一日限りをもつて解雇する旨の意思表示を受けた。

しかしながら本件解雇はなんらの理由も付さないで行われたものであるのみならず、申請人らにその意に反して解雇される事実はまつたく存しないのである。

したがつて本件解雇は解雇権を乱用して行われたものであるから無効である。

五 本件解雇の事情は左のとおりである。

(一) 群馬県における学校宿直警備員制度は昭和二十四年四月一日「学校の教職員に宿日直勤務をさせることは妥当でない」との当時の軍政部の勧告と、教職員組合の要請により実施され、そのころ申請人らが雇用された。

その後昭和二十七年教育委員会法の改正により自動的に申請人らの雇傭契約上の身分が、市町村教育委員会に移管されさらに、同三十一年地方教育行政の組織及び運営に関する法律の制定公布により再び県教委に引継がれた。

申請人らの給与は当初教職員と同様半額国庫負担半額県費負担であつたが、昭和三十年頃補助金適正化法により半額国庫負担が問題となり同年七月から全額県費負担とされ、その際申請人らの給与をそれまで日給二百五十円のところを二百円に引き下げられ雇傭契約上の身分が不安定なもとされた。

(二) そこで申請人らの結成による前に組合は、身分の確立と待遇改善を被申請人に要求し数十回に亘り団体交渉を行つたが誠意がなく交渉は打ち切られるにいたつた。

そして昭和三十三年三月二十五日群馬県地方労働委員会(以下地労委という)に対し身分の確立待遇改善のための斡旋申請を行ない十三回に亘る斡旋交渉で被申請人は市町村の財産である学校施設の保全警備は市町村において負担するのが当然であるから申請人らの身分を市町村に移管すべきであると主張し前記組合は身分が確立されるのであれば雇傭者はいずれなりとも重視しないということになり、その結果、「身分の移管については当事者双方誠意を以て努力する。市町村へ身分を移管されたものはその前日を以て、移管できなかつたものは、昭和三十五年三月十一日までに退職する」との旨の協定書が締結された。この締結の日は昭和三十三年九月二十二日である。

(三) そこで、組合側は前記協定書の趣旨に基いて、県教委に対して身分移管についての団体交渉の申込を昭和三十四年五月末日にしたがこれに応ぜず、同年六月四日地労委斡旋委員の仲介により、県教委坂本次長、剣持課長と交渉を行い、県教委の積極的努力を要請し、更に同年七月十四日各市町村に対する請願陳情文書等を双方署名捺印して提出することを求めたが、県教委は、理由を明示しないままこれを拒否し、同年十二月二日再度団体交渉を申入れたが剣持課長が出席したのみで、正式の団体交渉が行われず、その際同課長からは何等具体的誠意を聞くことができなかつた。一方組合側は、各市町村に対しても前記協定書の実現に全県的に猛運動を展開し、各市町村当局、市町村議会更には個々の市町村議員を歴訪し申請人らの身分の受入れについて陳情請願を行つた。その努力、経費は莫大なものである。

(四) しかるに、県教委は昭和三十三年十月三十一日、同三十四年三月二十七日、同年七月四日の三回、各市町村教育委員会に対し、一片の文書通牒をなしたほか、組合員側、地労委と共に、前橋市外九市の市長を歴訪して要請したのみで、組合側の必死の努力に比して全く何等の誠意も努力もみられなかつた。

一方各市町村では、一片の文書を以て予算措置を伴う移管を受け入れることは到底できないという県教委のやり方について不満の態度が強かつた。

(五) 組合側は県教委の不誠意により、前記協定条項の実現が危まれたので、昭和三十五年一月十一日、再度地労委に対し「協定書履行促進について」斡旋を求め、現在まで七回に亘り斡旋交渉がなされたが、県教委からは何等誠意ある態度が示されなかつた。然るに被申請人に地労委の斡旋進行中に、地労委が引きとめたにもかかわらず一方的に組合側の強い反対をも無視し申請人の意に反して、昭和三十五年五月二十九日、学校宿直警備員全員解雇を予告する暴挙を行つたものである。

六 本件協定書は前述のとおり「学校警備員の身分を市町村へ移管する、なお市町村へ身分を移転された者はその前日をもつて、移転出来なかつた者は昭和三十五年三月三十一日までに退職する」と定めたものである。この協定は申請人らの雇用契約上の身分を各市町村に移管するについて協定当事者の権利、義務を定めたものであつて、申請人らの雇用契約を終了させる効力をもつものでない。したがつて、申請人らはこの協定に拘束されず、昭和三十五年三月三十一日限りで解雇されるものでなく、かつ本件解雇に正当性を与えるものでもない。

仮に右協定が申請人らの雇用契約上の身分について規制する効力を有するものであるとしても、被申請人は規範遵守義務と実行義務があり、その義務を履行することによつて始めて申請人らの退職について正当性が附与されるべきものである。

ところが被申請人は前項記載の如く、申請人らの身分移管についての協定上の義務を怠り一方的に解雇を行うものであり、如何なる点よりしても解雇を正当ならしめる事由は存しない。

いずれにしても申請人らに対する解雇は何等正当の理由のない解雇であるから解雇権の乱用として無効である。

七 (保全の必要性)したがつて、申請人らは昭和三十五年三月三十一日を経過しても、被申請人に対し、その宿日直警備員としての雇用契約上の権利を有する地位にあるところ、被申請人においてこれを争うので、被申請人に対して本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その勝訴判決確定に至るまでの間、被申請人から解雇者として取扱われることは賃金を唯一の収入とする労働者である申請人らにとり著しい損害であるから前述のような申請人の地位を仮に定める旨の裁判を求める次第である。

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例